おわび行脚
この時期,既にプリウスの量産仕様は決定しており,EPSのモータの出力値を変えるには,室長の許可なくして設計変更はできないのだ。そのため,まず駐車支援システムを統括する室長の決裁をもらう必要があった。里中と遠藤はすぐに室長の元を訪れる。
「申し訳ございませんが,EPSの設計変更をお願いしたいのですが…」
「はっ?」
「あのー,設計変更をお願いしたいと思っておりまして…」
「設計変更?」
「はい,設計変更したいんです」
「どういうこと? 今日が何月何日かカレンダーをちゃんと見た? 時期が時期だし,そう簡単に変えられるわけがない。ほかに方法はないの?」
「はい,それはもちろん考えたんですけど…」
「本当にほかに方法はない?」
「申し訳ございません。それしか方法はありません」
「今から設計変更するとなると,ほかの部署にも大きな迷惑を掛けるんだよね。分かってると思うけどさあ」
「はい,本当にすみません」
「とにかくこれからすぐにEPSの部署に行って事情を説明してきて」
「分かりました,すぐに行ってきます。本当にご迷惑を掛けて申し訳ございません」
すぐさま里中と遠藤はEPSを設計している部署の室長のところに向かい,今回の問題点をひと通り説明する。
「ということでEPSのモータの出力値を上げないと,駐車支援システムがきちんと作動しないんです。何とか設計変更をお願いできないでしょうか。本当に申し訳ございません」
「話はよく分かった。とにかくすぐに手を打とう。部品メーカーの量産体制にも影響が出るとまずいからな。でも,もう変更はできないぞ」
「はい,よろしくお願いします。本当に申し訳ございません」
里中と遠藤の2人は,とにかく頭を下げて回った。特に遠藤は自分のミスから里中をはじめ,多数の人に迷惑を掛けたことが申し訳なく,ただただ謝り続けるしかなかったのである。
フィルタで誤差縮小
EPSの部署の協力もあって何とかモータの出力不足は解消できたものの,開発チームにはまだ最大の懸案事項が残っていた。駐車誤差の問題である。駐車誤差をなくすための方策である制御アルゴリズムについては,車両が約2cm移動するたびに経路を再計算することを既に量産仕様として最終決定していた。加えて,誤差の原因もほぼ究明されつつあった。最も大きな要因は,ステアリングをEPSのモータで回す際に,設定角度と実際に回った角度にずれが生じている場合があり,これが誤差の大きな原因となっていた。